かじ切る

山本育夫



しょうがなし。っ足、首から、カワハギ、ッギリ ハギッ、の根、こそぎ、ッツケンドン、の骨かじ り、皮剥、にきんきにくにき肉、むしゃぶり、口 許引っ掛かった、かす引き出すと、 言葉 っぺっぺっぺ、 ペッ したたりしたたっているしたたりたたり、畳、す げ換え、クククックククッククックックッア(含 み笑い 浮かべている男の顔、 赤味の肉かじり骨しゃぶり、ッシャブシャブッシ ャブシャブ、、、、シャブリーナ、○○っ 麗しき、、、、骨かじりグウィイイーン。ッピピ ピッピーーーーッヒィィィーーッ グヲッリッグヲッリ、、ッグ、ヲウリ、ゴリゴリ。 チエンソーでかじきりかじきり、、骨壷にしまい、 、ッケッ、クソッ 毎日しゃぶるしゃぶる。。。 どうだーーっ、ねじめめ、くそ真面目め、ねじ切 って、やる、このこのっ、この臭れっ、道化めっ、 一息に抜け切りたく思えども、、またしても、、 この肉体、がしくしく、砂ぼこりの中に土くれて、 染みている、 ばかり

Booby Trap No. 1



かじ切る-辰野豊吉商店の顛末 観察詩1-清水青磁歯科医院の狂騒 観察詩2

辰野豊吉商店の顛末 観察詩1

山本育夫



辰野豊吉商店の古い木造のたたずまいを、春の午後、しばらく観察していた日があった。風もなく穏やかな昼下がりではあったが、喉の仏のあたり、誰かがいがいがしい触りのようなものを残していった気がする。それがいつのことだったのか、思い出そうとするのだがぼんやりとしていてどこまでも覚束なく、さてあれはいつのことだったのか、そうあらためて一人で言葉に出してみる。しかし、そんなことにはいっこうに無頓着な装いで、辰野豊吉商店は、背後に黒く大きな塊のような影を抱え込んだまま、時間の荒波を力業で耐えているように思えた。まず、辰野豊吉商店の「表面」について観察してみる。商店には通りに面して六枚のガラス戸がはめこまれている。往時にはこのガラス戸は開け放たれていて、近隣の人々は通りすがりに「おい、豊吉っあん、そこんとこにある黒いガラス玉みてえなもんはなんでえ」「ほお、またへんなもんを買いこんだもんじゃんけ」などと言って冷やかしたという。だいたいがこの商店。商店というわりには摩訶不思議な商品ばかりを集めて店に並べていたらしく、役所の古文書をひもといてみると「辰野豊吉商店に至っては言語道断」などという役人の墨書が残っているので、思わずその「言語道断なる商品とはいかなるものであるのか」と詮索したくなる。六枚のガラス戸には、その二枚ほどを荒々しく横断する形で長細い板が、平行に、時には交差するように打ちつけられている。その板の表情を仔細に凝視して見るまでもなく、緻密に付着している埃の垢。のみならず商店の正面全体にはくまなく埃の垢が付着していて、それがちょうど人の体に分泌していく垢のように、言いようのない「てかり」を持っているのが不思議だ。通常の埃なら乾燥質のパウダーのようなものなのだが、それに比べると確かに、辰野豊吉商店の表面に付着している埃は、どこか生きた肉質を感じさせるところがあり、風向きによっては恐ろしく本質的な臭気を伴うことさえある。表面のおうとつのなかには、明らかにかつて「辰野豊吉商店」という浮き彫りの看板であっただろうと思われるものもある。それは斜め右に少しばかりかしがってぶらさがっている。辰野豊吉は人肉を売っていたという、まことしやかな噂が流れたことがある。その噂のでどころは、辰野豊吉の親類筋にあたる日比野捨吉という男だった。捨吉がある夜遅く、何かのついでがあってぶらりと豊吉を訪ねた日のことだ。いくら呼んでも誰も出てこないので、おい、豊さんあがるよといって、捨吉は奥の部屋までずんずんと進んで行った。すると座敷の暗闇の中に、豊吉がむこう向きにこう座っていて、振り返るとその口に千切れた子どもの手をくわえていたというのである。これはいささかできすぎの話ではあるが、確かに豊吉の戸籍謄本を見てみると、一家八人がわずか五年の間に皆死に絶えているのである。豊吉の両親も、豊吉の妻も豊吉の娘と息子四人も、すべてが病死している。しかも豊吉は、一切葬式などあげなかったので、その得体の知れなさがますます奇妙な風評を生んだのであろう。豊吉自身も、初めは左指が、つづいて左手首が、さらに左腕が次第になくなってゆき、しまいには右足は股の付け根のところから義足になっていたという。辰野豊吉商店の店先にはいつも、黒い奇妙な臭気のある塊が、ギヤマンの透明な容器のなかに実に丁重にしまわれて並べられていた。そのギヤマンの数は百個にも及んだというから驚くのだが、もちろんそんなものが売れるわけもないので、実は豊吉が食っていたに違いないと噂された。ある日、捨吉が店の裏手からひょいと庭先を覗くと、開け放たれた縁側の鴨居で首を吊って死んでいる豊吉の姿が見えた。すでに腐りかけていて、庭には体の一部と思われる肉塊が落ちていた。不思議なことに、義足だけは体から離れずにいたという。静かな日だまりが豊吉の周辺を明るく照らし出していて、鴬が鳴いていた。


Booby Trap No. 21



かじ切る-辰野豊吉商店の顛末 観察詩1-清水青磁歯科医院の狂騒 観察詩2

清水青磁歯科医院の狂騒 観察詩2

山本育夫



歯科医院の午後は、モダニズムの憂鬱である。誰も彼もが眠ったように動かない。ひとけのない真っ白な土道を、黒い影を引き連れてひとりで、ぽつんと、そう、全身にいっさんの蝉時雨を浴びながら、清水青磁がウィスキーのポケット瓶に、こう、人差し指を差し入れたまま、立っている。上下白の綿のスーツが細かな皴を寄せているのは、哀愁である。白いハットが清水青磁の顔を黒い塊にしていた。その青磁の立ち姿を見ていたのは、この村の頭上一面に午後からむくむくと発達していた巨大な積乱雲ばかりであったが、実はもうひとり、清水青磁歯科医院の二階の、洋風の白い窓からその姿を覗き見していた者がいた。清水菜々子、つまり清水青磁の次女である五歳の娘。清水青磁が道の真ん中に立ちすくんでいたのには理由があったのだが、その時その理由をもちろん村中の誰一人として知る者はなかった。広大な敷地を持つ歯科医院は、林の中に建つ西洋館であり、当時としては珍しい地下室を持っていた。昼でも庭は湿り気を帯び、その湿り気はそのまま地下室にも這い及んでいて、奇妙な人体模型の残骸や、頭蓋骨などが散乱しているその暗い部屋の奥には、巨大なコンクリートの桶がしつらえてあり、ホルマリンがあたり一面に臭気を放っていた。そこに母が眠っているのを菜々子は知っていて、時折その小さな白い足の裏をひんやりとさせながら地下室の桶を覗き込み、母さま早く目を覚ましてねと呼び掛けたりしていたのであるが、しかし眠っている母の真っ白な裸身の中の柔らかな乳房の丸みと乳首の朱色、股間にゆらりと立ち上がっている陰毛の、その黒い茂みを無表情な目で見つめていることもあったというから、すでに五歳にして菜々子は、宿命をその白い小さな心に痣のように染み付けてしまっていたのかもしれなかった。その母の裸身には、首がなかった。清水青磁の人差し指の先の、茶色い小さな空間の中で、ちゃぽっと、ウィスキーの芳醇な香りが跳ねた。よく見るとその、琥珀色の水の面には、小さく白い積乱雲の影が映っている。清水青磁はそれから、ゆらりと歩みを進め、それと同時にあたりには村の日常の活気のようなものがよみがえったのではあるが、そのとき歯科医院の一階にある診療室の暗い医療器具たちもまた、周囲にあった少ない光を吸収してざわりと身震いした。その診療室の片隅で、向こう向きに座り込んで一心に江戸川乱歩の少年探偵団を読んでいるのは、長女の祥子。祥子は今日、級友の葬式で長い弔辞を読んできたばかり。そのとき流した涙のあとが白く、切れ長の鋭い目の縁に残っている。土道をゆく、青磁。明日は「天皇陛下」が「御越し」になるというせいか、太平醸造社長金丸信は、額の汗をぬぐいながら社員をどやしつけている。おお、青磁さん、と信は青磁を見つけて歩み寄り、それにしても顔色がわりいじゃねえか、とそっとうかがったが、すぐにまた、なにしろ明日は陛下が来る、この村も有名になる、と吐き捨てるようにそう言うと、そのまま背を向けた。青磁は、そんな信に構いもせずに、角の豆腐屋に入っていく。振り返る豆腐屋主人、坂田冬至。その一瞬に喉仏をするどい何かでかき切られた。血はあたり一面に吹き出し、水底に沈む白い豆腐の塊はみるみる赤く染まった。青磁は指の先のウィスキー瓶をいつの間にか石塀の角か何かで叩き割っていたのであった。「翌々日」の新聞記事がある。山梨日日新聞である。四十年ほど前のこの事件は、紙面の片隅に小さく報じられている。なにしろ「翌日」の新聞の一面には大々的に天皇陛下の来訪記事が載ったばかり。あまりにも不吉な出来事であり、しかも事件は天皇が来訪する前日に太平醸造の隣の店で起こったのであったから、報道を押さえられたに違いない。「歯科医師、妻を寝取られ逆上し、豆腐屋を殺す」と、ある。なぜ青磁が妻の首を切ったのか、また、妻の首はどこに隠されたのか、ついにわからぬままであった。


Booby Trap No. 21


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